Jun 18, 2011

会計事務所の仕事について

会計事務所は、個人や企業の依頼を受け、専門的な会計処理と税務申告を代行で下請けです。税務に関することは、知識が必要なため、個人や企業がなかなか困難です。また、会計及び会計に関する業務は、計算を多用する面倒な作業であり、正確性が必要なため、多くの人が会計事務所に依頼して実施しています。
賃貸オフィスを借りていてよかったと思う。最初から賃貸オフィスを借りようとしている場合は、資金繰りも大変だし、賃貸事務所に入ってから、"もっとこんなゴトウルジュウイヅミョン良かった"というものがあったかもしれないのである。そこでまず、比較的かでレンタルオフィスで仕事を始めたのは良い経験になった。
 ◇馬琴は一度も訪れず
 とてつもない長さだ。
 江戸時代の長編伝奇小説「南総里見八犬伝」は全9集98巻106冊。南房総に実在した豪族里見氏を題材とし、15世紀の戦国時代、各地に散らばった霊玉(れいぎょく)を持つ8人の犬士が運命の糸に手繰り寄せられ、里見家を助ける物語である。
 作者曲亭馬琴(1767〜1848年)は江戸深川の旗本に仕える用人の五男で、本名滝沢興邦(おきくに)。10歳弱で家督を継ぐが、主人の横暴に耐えかね10代半ばで出奔。無頼の生活を送ったらしい。人気作家山東京伝(さんとうきょうでん)に20代前半で師事し、戯作者となる。
 創作への情熱、頭脳の緻密さは常人の理解の及ぶところではない。40歳を過ぎて八犬伝を書き始め、途中で失明。無学だった息子の嫁に一から字を教えて口述筆記させ、30年近くを費やし70代半ばで完成させる。舞台となる房総を自身は一度も訪れず、史料から想像したとされる。近世文学の研究者によると、物語は世界有数の長編で、無数の登場人物が離合集散を繰り返すが、筋に破綻や矛盾はなく、部分と全体が緊密に呼応する。
 さらには平均寿命が今の半分と言われる江戸期にあって、81歳まで生きた。生命力も尋常ではない。
    ◇  ◇
 安房里見家の当主、里見義実の娘伏姫(ふせひめ)は、<夜(よ)となく、日(ひ)となくむつかりて、はや三歳になり給(たま)へど、物を得(え)いはず、笑(えみ)もせず、うち嗄(なき)給ふのみ…>。むかし義実の命令で斬首された敵臣の妻玉梓(たまずさ)の呪いで、しゃべることも笑うこともできなかったのだ。心配する母は娘を、洲崎(すのさき)神社のふもとの霊験あらたかな石窟へと連れていく。そこには、役行者(えんのぎょうじゃ)(山岳で修行を積む修験道の開祖・役小角(えんのおづの)の通称)が祭られていた。
 石窟に7日間お参りした母娘が、帰り道に出会った老人は<仁義礼智、忠信孝悌の八字を彫(えり)なしたる、水晶の数珠一連を、懐よりとり出(いだ)して、閃(ひら)りと姫の衣領(えり)にかくれば…これ全く役行者の、示現にこそ、と思ひとりて、みなもろ共にふし拝み…姫うへはむつかり給はず、快愉(こころよげ)に遊戯(あそびたわむ)れ…>、かくして呪いは解ける。
 時は下り、他の豪族に攻められた里見義実から、飼い犬八房(やつぶさ)は「敵将の首を取って戻ってきたら娘をやる」と言われる。主人の戯れだったが、八房はそれを実行。父の説得で伏姫は犬を連れ、富山(とみさん)にこもり読経の日々を送る。やがて八房の気に感応して身ごもり、その胎内から八つの霊玉が飛び散って、八犬士の物語が始まる……。
 馬琴の創作動機を、館山市生涯学習課の岡田晃司主任学芸員はこうみる。「南房総で勢力を誇った里見家が、外様大名つぶしを図る徳川幕府の政策で鳥取・倉吉に転封された。これに関心を持ったようだ」
    ◇  ◇
 八犬伝はテレビ人形劇や映画、漫画、ゲームソフトなどに翻案され、今も生き続けている。馬琴自身も文学の格好の題材となった。芥川龍之介の短編小説「戯作三昧(げさくざんまい)」は、八犬伝執筆の場面をこう描く。
 <彼の耳にはいつか、蟋蟀(こおろぎ)の声が聞こえなくなった。彼の眼にも、円行燈(まるあんどん)のかすかな光が、今は少しも苦にならない。筆はおのずから勢いを生じて、一気に紙の上をすべりはじめる>
 そして。<かたく筆を握りながら、何度もこう自分に呼びかけた。「根かぎり書きつづけろ。今己(おれ)が書いていることは、今でなければ書けないことかも知れないぞ。」 しかし光の靄(もや)に似た流れは、少しもその速力をゆるめない。かえって目まぐるしい飛躍のうちに、あらゆるものを溺(おぼ)らせながら、澎湃(ほうはい)として彼を襲ってくる。彼は遂(つい)に全くその虜(とりこ)になった。そうして一切を忘れながら、その流れの方向に、嵐のような勢いで筆を駆った>
    ◇  ◇
 東京湾口の山の中腹にある館山市の洲崎神社は航海の神として崇拝され、148段の急な石段は「厄払い坂」と呼ばれる。その足元に役小角が717年に開いたとされる養老寺があり、物語で母娘がお参りした石窟が保存されている。
 記者が寺を訪ねると、住職の姉内田清美さん(61)が留守番をしていた。「役行者に花や茶を毎日お供えしています。以前は観光客が大勢訪れましたが、今は静かですよ」。寺には保育園があり、遊具で遊ぶ園児たちのにぎやかな笑い声が境内に響いていた。【米川康】=つづく

2月28日朝刊

【関連記事】
寒中みそぎ:若者4人が荒行 北海道・佐女川神社
歳頂火:けがれ払う−−延岡・熊野神社 /宮崎
水行:中野不動尊で滝に打たれる−−福島 /福島
なるほドリ:仏教教団が多くの「派閥」に分かれているのはなぜ? /京都
修行僧:162人、荒行終える−−市川・中山法華経寺 /千葉
WriteBacks
TrackBack ping me at
Post a comment

writeback message: Ready to post a comment.