Nov 18, 2010

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 「業界はこのまま行けば数年で崩壊する」――週刊連載を抱える現役漫画家である赤松健氏と、「サルまん」などで知られる編集家の竹熊健太郎氏。電子出版時代における業界の変動を漫画家と編集家という異なる2つの視点で解き明かす5日間連続掲載の対談特集。

【拡大画像や対談の紹介写真を含む記事】

●雑誌でなくコミックスで利益を得る構造は、オイルショックがきっかけ(竹熊氏)

竹熊 6年前に「マンガ原稿料はなぜ安いのか?」という本を出したんですよ。きっかけは2ちゃんねるのスレッドで、バガボンドの井上雄彦さんの原稿料がページ当たり20万円だって書いてた人がいて。そんな額はあり得ませんよというのを匿名で書いたら向こうが突っかかってきてさ。ちょっとしたバトルになったんです。

赤松 20万円はないですね。

竹熊 僕が2ちゃんねるでバトルしたのはそれが最初で最後ですけどね。実は別ルートで、井上さんが「SLAM DUNK」をやってたときの最後の原稿料はこのくらいって聞いてたんです。そこから類推しても、20万円はあり得ないと確信していたんです。

赤松 単行本がある程度売れ始めると、原稿料はどうでもよくなりますけどね。

竹熊 それを機に、業界の原稿料の相場を調べてみたいと思って。でも、そうした話は漫画家の間でも聞きづらいわけですよ。だから、某出版社のある編集者にこっそり聞いたんですよ。もちろんプロですからどの先生がいくらもらってるというのは絶対に教えてくれないんですけど、代わりに、「竹熊さん、昔はともかく、今のうちではページ5万円以上の作家はいないと思ってください」とヒントをくれて。

 あとは別ルートで、某週刊漫画誌の編集経費が1冊約2000万円というのを聞いたことがあって。今だと中とじの雑誌がだいたい400ページくらいだから、単純計算で編集部が物理的に払える額の上限がページ当たり5万円だと。しかもどの作家も原作がつく可能性があるわけじゃないですか。その場合は原作者にも払う必要があるので、2万5000円というのが1つの上限の基準なのかなと。ギャグ漫画だとページ3万円とか4万円という人はいますけどね。

 それで変だなと思ったのは、最近の新人の原稿料と、僕が仕事を始めた1980年代初頭の新人の原稿料が同じなんですよ。バブルの真っ最中に出版社はあんなにもうけて、漫画が売れて売れてっていうころにも原稿料は上がってないわけですよ。でも、恐らく社員編集者の給料は上がってるんですよ。

赤松 まあね、多分。

竹熊 それで「マンガ原稿料はなぜ安いのか?」を書いたんですけど、雑誌単体の売り上げで出版社が利益を得ていたのは、恐らく1970年代の頭くらいまで。僕が子どものころって今普通に売っている新書版コミックスがなかったんですよ。40年前までは、大手出版社がコミックスで利益を得るという構造がなかった。だから雑誌の原稿料だけで漫画家が家を買ったり、車を買ったりなんてことがあったんです。今じゃちょっと考えられない。

赤松 考えられないですね。

竹熊 1960年代まではね、大手の漫画雑誌の原稿料って高かったんですよ。

―― 昔の物価水準で言えば高かった、ということですね。

竹熊 そう。じゃあどこで雑誌で利益が上がらなくなってコミックスで利益を得る構造ができたかというと、1973年のオイルショックがターニングポイントだったと僕は推理しています。あの時は紙がなくなるというデマが流れて、全国のスーパーでトイレットペーパーが売り切れた。当時中学生だったからよく覚えてるんですけど、サンデーとマガジンの厚さが突然半分くらいになった時期があったんですよ。短期間でしたが。

赤松 ええっ。知らない。

竹熊 出版社の重役クラスのベテラン編集者に聞けば、覚えてますよ。ともかく、サンデーとマガジンがそのせいもあってガタッと部数を落としたんですよね。その間隙(かんげき)を縫ってガッと出てきたのがチャンピオンとジャンプ。特にジャンプは新人中心だったから、新人をどんどん売り出すことができたんですよ。

 ジャンプは創刊してから長らく、大御所作家が描いてくれなかったんですよ。永井豪さんが、ジャンプで「ハレンチ学園」が大ヒットして、そうしたらさっそく小学館や講談社で仕事をするようになったじゃないですか。それがあってジャンプは専属契約制を始めたのだと思います。1970年代初頭までベテランや売れっ子の作家は、みんなサンデーとマガジンが押さえてましたから、ページが減ったら新人がデビューする余地がないんですよ。しかしオイルショックであの2誌がその後しばらくだめになったというのが、僕の推理です。

赤松 あり得る話ですよね。ジャンプが昔、知名度や金がなくて新人だけで売ってかなくちゃいけないって努力をしたとは聞いていましたけど、紙が減ってスペースがなくなったって話をいま初めて聞いて、確かにと思いましたね。

竹熊 いろいろな情報から判断すると、そうとしか考えられないんですよ。1973年の夏から秋にかけてのサンデーとマガジンのページ減と部数減。その間隙(かんげき)を突いてのジャンプの台頭。あれは漫画史的には大きい出来事だったんじゃないかな。

赤松 私はジャンプの純血主義があるとしか思っていなかったですから、スペースの問題までは頭が回っていなかった。サンデーやマガジンはみんな大御所だったからいいんだけど、ジャンプは全然知らない作家ばかり。そうやって強くなっていったんですよ。そして、いまだに外の有名作家を入れることはないでしょ。マガジンだとバキが売れたら板垣(恵介)さんを持ってくるとか、CLAMPさんでも誰でも持ってくる。でも、ジャンプは絶対にそういうことはしない。まれに、江川達也さんとか例外はあるけど。

―― ジャンプの遺伝子がほかの漫画界に飛び立っていくことはあっても、ほかの遺伝子がジャンプに入ってくることはないって言いますよね。

赤松 ということだと思っていたんですけど、紙のスペースの問題は確かにあるのかなと思いましたね。そこから雑誌の売り上げじゃなくてコミックスの売り上げ中心に出版社は変わったってことですか。

竹熊 もちろんそれまでも小学館と講談社はコミックスを出していました。ただ新書版のコミックスを最初に手がけたのは大手ではありません。1966年5月、コダマプレスという小さな版元が、「ダイヤモンドコミックス」という名称で始めたものです。その動きを見て、小学館・講談社・秋田書店がその年のうちに参入しましたが、最初はどの版元も、これがマンガビジネスの中心になるとは考えていなかったはずです。

赤松 「ドラえもん」とかのてんとう虫コミックスって私が幼稚園のときに持ってましたけど、あれは違うんですか。

竹熊 てんとう虫コミックスは1970年代半ばに始まったでしょ。そのころには各社が自社作品のコミックスを出すようになってたんですよ。小学館は大手では一番早くコミックスを出し始めた(1966年)んですが、最初のラインアップが「忍者武芸帳」と「鉄腕アトム」。これってどちらも小学館の連載作品ではありません。代わりに秋田書店が「サンデーコミックス」という名前で、サンデーの人気連載をコミックスにしてバカ売れして。漫画のコミックスはこんなに売れるっていうことを秋田書店が証明しちゃったんですよ。

赤松 それって何年の話ですか?

竹熊 秋田のサンデーコミックスが1966年に刊行開始です。サンデーの人気連載を秋田書店がコミックス化する流れは、1972年くらいまで続いていました。

赤松 それ、私がこの世にいないかギリギリいるかってとこですね。絶頂期は単行本を出したらお札を刷ってるような感じだったんですね。

竹熊 だから、赤松さんが生まれたころとか、物心つくかつかないかのころに大変動があったと思うんですよ。

●雑誌の機能が電子書籍に移行すると、新人が売れなくなる(赤松)

―― でも単行本ビジネスって確かに、35年くらいの歴史しかない。小学館はその名残があって、編集者に単行本作業はさせないんですよ。講談社や集英社は編集者が単行本作業もやるし、原稿の見直しもやるんですけど、小学館は単行本専門の部署があって。

赤松 マガジンにもありますけどね。

―― あ、そうなんですか。最近は単行本って1つ1つ装丁家がついてますけど、昔は1つのフォーマットにカラー原稿を流し込んでいっちょ上がりみたいな、描き直しとかもなかったでしょうし。その点、赤松先生の単行本はほかの作家さんに比べて凝っているイメージがあります。

赤松 マガジンも昔は、単行本というのは週刊誌に載ったものをまとめて、マガジンの表紙になった画像をつけてハイおわり、というのが基本だったんですよ。でも、私の代辺りからですね、マガジンの表紙を単行本に流用するとはコレクターズアイテムとして何事だ、別だからわざわざ読者が買うのではないかということで、表紙は描き下ろしになり、おまけをつけたり、カバーを取ったら中が違ったりというのが出てきましたね。

―― 今やそれが特装版とか、すごいことになってますね。DVD付きとか。

赤松 そうなんですよ。「ネギま!」だと限定版OAD(オリジナル・アニメーション・DVD)商法ですね。3700円のOADパッケージの中で私の取り分は単行本の部分だけなんです。だから講談社のもうけは莫大ですよ。あれはですね、アニメOPの絵コンテもタダで描いてますし、表紙も描き下ろしでタダでやってますから。しかも、通常版と限定版で別の表紙を描いています。そうやってグッズを作ることで盛り上げて売っていくという。本じゃないんですよ、もはや。何かのパッケージ商品です。

竹熊 今後はそれが主流になるでしょうね。だから僕は出版のあり方を全部変えなきゃならないと思っていて、遠からず、雑誌の機能は電子出版に全面移行するだろうとみているんですよ。

赤松 ただ、それだと業界が縮小しますよ。これはよくいう話ですけど、マガジンというものがあって、買ってみんなで回し読みをしていく。例えば最初は「はじめの一歩」を目的に読んでるんだけど、雑誌というパッケージであれば「おお、ベイビーステップっていう面白い漫画も載ってるんだ」っていうことが分かる。こういう出会いがなくなっているんです。

竹熊 ええ。しかし現実問題として、どの出版社も雑誌が生む赤字に耐えられなくなってる。耐えられるのはジャンプくらいでしょ、そうなると、モーニング・ツーのように、全部無料で雑誌をネットで公開するという動きも出てくる。

赤松 まあ、多分あれも赤字ですけど。

竹熊 雑誌売ってもネットで無料公開しても、どのみち赤字じゃないですか。どちらがマシかという話で、紙の本は作れば作るほど赤字が増えるわけだから、出版社の本音としては、雑誌はすべて電子出版にしたいはずなんですよ。実際は印刷屋や取次や書店との兼ね合いがあるからなかなかできないんですけどね。しかしいずれはコストが掛からない電子出版で連載して、一定量たまったら紙の本を出すというモデルに移行するしかないと僕は思います。

赤松 インフラ的には一番楽ですよね。

―― さっき赤松先生がおっしゃったように、紙の雑誌って、1つのパッケージの中で、後ろの方に載ってる漫画とかも読みますけど、電子出版でアラカルト方式になったとしたら……。

赤松 そうなんです。新人が売れなくなるんですよ。音楽業界で例えると、アルバムCDを買うと12曲くらい入ってるけど、ネットで買うと1曲しか聴かないんですよ。iTunesだったら150円とかですよね。そうじゃなくてアルバムCDを3200円出して買ってほしいんですよ。じゃないとほかの曲が聴かれる機会がまったくなくなってしまう。さっきのマガジン内格差、メジャー誌の中でメジャー作品とマイナー作品ができてくると。売れてるものは売れてるんだけど、売れないものは5万部以下というのが現実に起こってしまっている。これは漫画界にとっては損失なんですよね。だから電子出版に行くのはいいんですけど、新人のフォローをしていかないと、5年後には業界自体がつぶれますよ。

竹熊 それはもちろんそうです。ですが大きな枠組みでいうと、紙の雑誌は縮小するしかないと思うので、新人のプロモートの方法も今から考えるべきでしょう。僕は今、大学で教えてますけど、学生の中には優秀な作家の卵がいるわけですよ。どうやって売り出そうかというのが大問題です。

赤松 無理ですよね。どうするんですか。

竹熊 今は試行錯誤の段階だとしか言えません、いろいろなことを考えてますけど、こうすれば絶対成功するというのは今はないです。

── 新人育成という点で、マヴォはどうだったんですか。紙で5号まで出されて、2010年に休刊となりましたが。

竹熊 「マヴォ」を作ったのは、僕自身の編集者としてのカンを取り戻すためと、学生やアマチュアの作家を育てたかったからなんですよ。紙の本を作るのはやっぱり達成感が違う。ただね、一部のプロ作家を除いて原稿料が払えなかったんですよ。それで僕の力だけだと1000部は売れるんですが、販売システムがないので、その辺りでピタッと止まっちゃう。在庫だけがどんどん増えていっちゃうんで、やばいなと思って止めたんです。でも編集者の立場からすると、いろいろな作家を載せる雑誌という形式は面白いんですよ。

赤松 そうですね。

竹熊 雑誌編集者としては、いろいろな作家の作品を載せることで刺激を与え合うって意図もあるんですね。今、アフタヌーンの創刊編集長の由利(耕一)さんが昨年まで京都精華大学で客員教授をされていたんですけど、やはり同じことを言われています。雑誌の醍醐味(だいごみ)は、ベテランや新人を混在させて、こんな新人が出てきたってのを載せることでベテラン作家にも刺激を与えるとか、そういう効能があると。ただ読者からすると、バラ売りに慣れてしまっているというのもある。

 マヴォの創刊号を作った2008年の暮れに、27年ぶりにコミケに出店参加したんですけど、もう別世界になっていて。同人歴の長い人にマヴォを見せたら、最初に言われたのが、「これよくできてるけど売れないでしょうね」って。合同誌は売れないって。僕ね、合同誌って何ですかってその人に聞いちゃったんです。合同誌ってのは複数の作家を掲載する普通の雑誌のことで、それをコミケの世界では合同誌と呼ぶそうです。それで、同人誌って合同誌なのが当たり前じゃないですかって聞いちゃったんです。そこでハッと気がついたんですが、コミケの同人誌って、もう個人誌ばっかりになってるんですね。

赤松 確かに、同人誌というのはもはや言い方が変ですね。同人が集まってるのが同人誌なのに。

竹熊 サークルって言ったりするけど、個人でやったりするじゃないですか。だから僕の世代の常識だと個人誌と言うんですよ。合同誌はいろいろな作家の作品が載っていますが、ほしい人はこの作家の作品だけが欲しいんだから、読みたくない別の作品に金を払うのが嫌だと。なので合同誌は不利ですよと言われて。

赤松 ジャンプとONE PIECEの部数を比べると、もうONE PIECEの方が上なんですよ。それで、ONE PIECEの読者というのは、もうほかの作品はあまり読まないわけです。時間も無いし。そうなっていくと、ONE PIECEとNARUTOとBLEACHと、あとバクマンとかを単体で読んだほうが早いし、もう雑誌で読むという時代は過ぎたんじゃないかなっていうのが、部数が逆転したときにみんな感じたと思うんですよね。

―― コミックナタリーでユーザーのアンケートを取ったんですよ。そうすると、平均して月に6〜8冊くらい単行本を買ってるんです。30冊以上ってのも2〜3%いて、みんなすごく買ってる。30代くらいがボリュームゾーンなので、所得もそこそこあって、単行本をじゃんじゃん買えるんですよ。ところが、雑誌は全然買ってないんですよ。それを見て、単行本派の言葉の重みってのがすごく分かりますね。

竹熊 1980年代に入った辺りで、単行本で利益を回収する今の漫画のビジネスモデルができて、バブル景気に向けて業界全体が盛り上がってきて、ひたすら拡大路線が敷かれた。だから雑誌は赤字でもいいってことで。宣伝媒体として、コミックスを売るために雑誌を売ると。それが今やその機能も失われつつありますね。

赤松 作家としては、単行本で稼げないとやってられないですよ。

●新人が発表する場も、編集者が練習する場もなくなってしまう(赤松)

竹熊 恐らく3年とか5年以内に、フリーの編集者がかなりの割合になると僕は見ていますね。半分まで行くかどうかは分からないけれど。今、小学館が「IKKI」でフリーランス中心で編集部を動かす実験をしていますね。講談社は昔から銀杏社、編プロを使ってやっていますし。集英社はまだ純血主義を貫いてますけど。

赤松 私、大学4年のときに銀杏社を受けたんですよ。

竹熊 インタビューで読みました。浦沢直樹さんと似ていると思って。浦沢さんはもともと編集者志望で小学館を受けている。面接で趣味を聞かれて、漫画描いてますって見せたら、あなたは編集者になるよりも作家になりなさいと言われたとか。

赤松 私もそれと同じで、ほぼ内定してたんですけど、そのとき新人賞も取ってて。それで五十嵐編集長が、あなたは漫画を描きなさいと。

竹熊 それを聞いて赤松さんの仕事のやり方がプロデューサー的である理由の一端が分かりました。赤松さんは映画やアニメを作るようなやり方で、スタジオを回してらっしゃるとか。インタビューで編集者志望だったと知って、納得したんですよ。

赤松 絵を描くのは嫌いなんですよ。漫画家さんと飲みに行くと、連中は注文票の裏に女の子を描いちゃいますからね。もうね、白い紙を見たらわき出てくるんですよ。私はそういうのは一切ないです。サインするのも嫌いだし。でも、すごく描きたいっていう後輩がいると、売ってやりたいなという気はするんですよね。

竹熊 僕は1970年代に角川春樹がやったような、出版社が絶対売るって決めた作品を映画化して、莫大な宣伝費を掛けてテレビCMをやってもいいと思うんですよ。新人だと難しいけど、赤松さんのような方とか、ほかのベテランの人でもいいけど。角川が1970年代に映画に進出したのは、文庫本を売るために映画を話題作りにしたのが最初でしょう。最初が横溝正史の「犬神家の一族」。市川崑(監督)に撮らせて、多分日本で最初に制作費の倍くらい金を掛けてテレビCMをバンバン打って、映画も原作の文庫も同時に流行らせちゃったんですよ。あれは参考にすべき点が多いと思うんですよ。

赤松 しかしそれ、年代的にはすごく分かる話なんですけど、現代の状況でできますか? ONE PIECEとかのように売れている作品ならともかく。

竹熊 うーん。でも僕は、今の漫画界に一番欠けているのは宣伝だと思いますよ。これまで日本の出版界で漫画というのは、宣伝しなくても売れていたんですよ。バブルの真っ最中のころ、小学館の人に新人のコミックスは平均で何部くらい刷るんですかと聞いたら、うちは2万部以上でなければ刷らないと。それが、今じゃ5000部ですよ。それ以下しか見込めない新人は、連載が終わっても単行本が出ません。

 バブルのころはとにかく漫画だったら何でも売れたから、版元は宣伝やプロモーションとか本気で考えたこともなかった。雑誌連載が最大の宣伝だったんですよ。それがもう崩壊しています。雑誌は出せば出すほど赤字で、しかも誰も読んでないみたいになっちゃったら、もう雑誌を出す意義が、出版社としては実はなくなってきている。それでも出すのは単行本を出したいからでしょう。

赤松 漫画自体の広告をバンバン打てば、漫画は復活すると思いますか? 例えば、テレビCMでバガボンドを発売しましたよっていうことをやるわけですよね。そうやってどんどん周知すれば、バガボンドを買ってくれるというお考えですか?

竹熊 単純化しすぎかもしれませんが、考え方としてはそういうことですね。

赤松 でもそれ、新人じゃできませんよね。私が危惧(きぐ)しているのは、もうジャンプでさえONE PIECEとかBLEACHとかごく限られた作品しか売れてないということです。ここで仮説なんですが、3年後にONE PIECEとBLEACHとNARUTOがあるのかどうか。どう思います?

竹熊 3年後という話であればあるでしょう。でも10年後は分からないですね。

赤松 下手すると別の人が描いているかもしれないけど。サザエさんみたいに。

竹熊 そこで僕は、アメコミみたいな、あるいはさいとうプロみたいな、チーム制作の漫画作品はこれからありだろうなと思うんですよ。

赤松 で、3年後にONE PIECEとBLEACHとNARUTOは恐らくあると。なぜかというと、集英社的には連載を切れないからです。同じように、マガジンにもはじめの一歩は必ずあります。とはいえ、いつか終わりはやってくるでしょう。その時に三大誌は終わっちゃうかもしれないと。新人も育ってないし。

 大御所作家で、ある程度作風が固定してて売れてる人は、編集者が直して売れなくなっちゃうとマズいので直しにくいんですよ。これはマガジンでもサンデーも同じことです。描いて、載せてる。編集者はあまり介在してない。こういう大御所作家しか残らないまま3年経つとどうなるかというと、編集部に直す力がなくなってしまう。

 新人は来るんですけど、直してそれを発表する場もないし、編集者が修練する場もなくなってしまう。すると何が起こるかというと、10年20年というスパンで限られた大ヒット漫画だけが続くと。その大ヒット漫画はルパン三世と同じく、たまに映画などもあるからキャラクターを殺せなくなってしまう。すると漫画に動きがなくなり、徐々に弱っていく。すると業界全体が低下してしまう。という形になってしまうんじゃないかなというのが、Twitter上での私の不安だったんです。

竹熊 それは大いにあり得る事態ですね。

赤松 今、私についているマガジンの編集者は私より年下なんですけど、昔は1人の作家に3人くらいの編集者がついて、みんなで派手に直してたんです。いま私がつきあってる漫画家はみんな売れっ子だからかもしれませんが、あんまり直してないです。ボツを出したら作画に手間が掛かって締め切りに間に合わないから、ボツを出そうにも出せないというのもある。ジャンプは知りませんけどね。編集者の直し能力というのが明らかに下がってる。これは現場でも感じてるようです。

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