Apr 16, 2010

キーの交換をしたいのですが

賃貸住宅に入居するコクイトヌンのか、"鍵交換"前の入居者と同じキーのままなんてありえない話だから。ところが数年前、鍵交換されていない賃貸住宅に入居ゴトドゥェオトダ。最近、ありえない話だが、実際に体験した。前の入居者の元彼が合鍵、今は自分の部屋に入ったのだ。そのキーが交​​換されていないことがわかりました。慌てて不動産業者に連絡をしたが、謝罪もせずに。反抗的な態度だったので仕方がないが、またすぐに移動しました。
急に愛車を入れた駐車場が崩れて車のフロントガラスが割れてしまいました。すぐガラス修理にしたが、車のフロントガラスと呼ばれる非常に高いと思っていました。しかし、ガラスの修理をしないと、車に乗ることができません。人が乗っていないだけ幸いだとしておこうと思っています。それにしても突然の出来事に驚きました。
 中国の辛亥革命100年を記念し、辛亥革命や日中友好に関わった県出身の犬養毅、内山完造、岡崎嘉平太の3人の功績と、日中関係の未来を考えるシンポジウムが10日、北区奉還町の岡山国際交流センターであり、約130人が参加した。
 基調講演として、早稲田大学大学院の天児慧教授が講演。日中戦争や国交回復以前にも、犬養と孫文、内山と魯迅、岡崎と周恩来らとの関わりがあったことを紹介。「戦争や侵略の歴史の下で、3人は中国人の理想に共鳴し、助け合う血の通った関係があった。3人のメッセージを受け止めることが未来に生きてくる」と指摘した。
 続いて中国四川省出身で倉敷市在住の二胡奏者、劉習韻さんが「シルクロード」のテーマ曲などを演奏。参加者たちは雄大な中国の大地をイメージさせる音色に聴き入った。
 最後に、岡崎嘉平太の長男で日中新世紀協会長の彬さんや在日華僑向け新聞の編集長、蒋豊さんら4人が今後の日中友好について討論。嘉平太ら3人のエピソードや中国の対日感情などを紹介した。【江見洋】

10月12日朝刊

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 岡山の礎を築いた宇喜多能家、直家、秀家を中心に、その盛衰をゆかりの品々で紹介する秋季特別展「宇喜多家三代秘話展」(岡山市など主催)が、北区丸の内2の岡山城天守閣で開かれている。来月23日まで。
 備前の在地勢力から戦国大名となり、豊臣政権の五大老にまで上り詰めながら、関ケ原の戦いで敗れ、流刑となるまでの宇喜多家の歴史を、約60点の展示とエピソードを交えながら紹介。戦いの最中、悠然と構える秀家の姿が描かれた関ケ原合戦図屏風(びょうぶ)や、直家のおい、基家のものと伝わる金箔(きんぱく)と赤い糸が美しいよろいかぶとなどのほか、秀家の義父・前田利家の書状、岡山城跡から出土した金箔押しの瓦などもある。【江見洋】

10月12日朝刊

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 元国鉄職員の長滝誠一さん(81)=津山市二宮=は、苫田(とまた)ダム(鏡野町)に水没した古里の悲哀をテーマにした歌「哀愁の奥津湖」を作詞・作曲し、CDを制作した。苫田ダムの一部「奥津湖」に沈んだ504世帯の家と古里を奪われた住民の悲しみを表現した。【坂根真理】
 苫田ダムは1957年、多目的ダムとして旧奥津町(現鏡野町)の吉井川上流で建設構想が浮上した。しかし同町の中心部が水没するなどの理由から大規模な反対運動が巻き起こった。86年から3年間、ダム建設に反対する町長3人が任期途中で辞職するなど町政も混乱した。ダム建設を容認して土地を売る住民も現れ、反対運動も過疎と高齢化で衰退した。
 94年に建設基本協定が調印され、99年着工。04年5月には最後の反対派の所有地を強制収用し、構想浮上から48年後の05年、総事業費約2040億円をかけた苫田ダムは完成した。
 長滝さんの生家は水没しなかったが、家が沈む友人らの嘆きを見聞きして心を痛めたという。長滝さんは「家の前の木にしがみつき、離れようとしなかったおばあさんや、墓石の前で『ご先祖さまに申し訳ない』と泣いた人もいた」と話した。
 ♪夕陽(ゆうひ)の沈む 奥津湖に 一羽の鳥が 飛んで来て 哀(かな)しい声で 空を舞い 何かを求める その姿 わたしの古里 どの辺り 湖底に眠る この辺り♪
 ダム建設で家の移転を迫られ鳥に姿を変えて古里をしのぶ人を歌った鎮魂歌で力強いメロディーには「悲しい歴史を忘れないで」というメッセージを込めた。知人のつてで歌手の秋かおりさんが歌うことも決まり、自費でCDを作成した。
 長滝さんが作詞・作曲を始めたきっかけは最愛の妻、恭子さんを失ったことだった。約3年間介護した妻は7年前、「私の分も生きてんな」と告げて亡くなった。長滝さんは3年前から古里などをテーマに作詞・作曲を始めた。「立ち退いた人は『多額の補償金もらって文句いうな』という陰口もたたかれた。のど元過ぎれば熱さを忘れるのが人間。絶対に忘れてほしくない歴史を残したかった」と話した。
 CDには「これぞ津山の大太鼓」も収録されている。問い合わせは長滝さん(090・9411・0114)。

10月12日朝刊

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